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咲希のひとり言

ありふれた日常、思ったこと、考えたことを毎日書いていけたらなぁ…
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父さん ありがとう




本日、無事告別式を終わらせることができました。





彼岸明けの24日、日曜日。

私は仕事に行っていました。

お昼過ぎ、職場に娘から電話がありました。

兄から電話で、父の具合が悪く血圧も取れない状態であるとのこと。

電話を切ったあと、すぐ早退させてもらい帰宅、みんなと急いで病院に行きました。

病院には午後1時ちょっとに到着。

父は、みんなが来るのを待っていてくれました。


荒く早い呼吸が、フッと切れ心拍も少しずつ少なくなり…


覚悟は出来ているつもりでした。

いつか、こんな日が来るのだろうと…

でも実際、その時を迎えると辛いですね。


旦那と息子は仕事で間に合いませんでしたが、娘夫婦と孫っち1号、2号、

兄の家族とで父の最期を看取ることができました。



人が亡くなることって、本当に大変なんですね。

悲しんで泣いている暇は無い。

葬儀の段取りなどを決める話し合いなど、やることは、てんこ盛りです。




精神的にキツいですねぇ…(´;ω;`)

体力的にも、ちょっとアレなところも…(´・ω・`)

2日間で、睡眠時間は、計4時間といったところでしょうか…


夜伽で見守っている間、娘、息子と、いろいろな話をたくさんすることができました。

過去の話、今現在の話、そして未来の話。

私の思いを二人に伝える貴重な時間となりました。




収骨には、孫っちたちも加わり、貴重な体験をすることができました。

成長し、大人になったとき、どれだけのことを覚えてくれているのでしょうか。



生と死。

命の大切さ。

父は、小さな曾孫たちに、そのことを教えてくれました。








父さん…

もう、母さんに会えた?

もう寂しくないね。



父さん…

さよならは言わんよ。

また会える日が来るからね。(*^_^*)



父さん…

ありがとう。

またね。









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85年と8ヶ月





本日、午後14時15分、予てより闘病中でありました父が逝去いたしました。




今こうやって、私自身が、ブログで報告できるのも主治医の先生から「長く持って3ヶ月」と

聞いていましたので、それなりに覚悟が出来ていたからだと思います。

父は4ヶ月も頑張ってくれました。




85年と8ヶ月。

精一杯生きてきた父に感謝の言葉で送り出したいと思います。

明日お通夜。

明後日、告別式。

いろいろと忙しい時間が待ち構えていますが、頑張って乗り切ろうと思います。





父の闘病中は、励ましのお言葉をいただき、どうもありがとうございます。

ただただ感謝しかありません。

本当に、ありがとうございました。







申し訳ありませんが

しばらくの間、コメント欄を閉じさせていただきます






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面会




インフルエンザを発症してから、父のお見舞いに、ずっと行かれなかった。

孫っち2号は、優しい子で、

「おじいちゃんとこ いこうよ~!」 と、ママに言っていたようだけど 

「おじいちゃんに伝染るといけないから…」

そう言い聞かせていたようだ。


私も父の様子が気になっていたのだけれど、気になるからといって、父のところに行くと、

大変なことになってしまうので、ずっと我慢していた。


先日、私の体調も回復し、やっと父の面会へ…

娘と、孫っち2号と、私の3人で病院に行った。(1号は外出中)



今現在、たぶんどこの病院も同じだと思うのだけれど、インフルエンザの大流行で面会の制限が出来ていた。

● 家族以外の面会はできません。

● 小学生以下の子供も面会はできません。

● 他いろいろ…


上記のようなことが書かれ張り出されていた。

仕方ないね…

病院内に感染源を持ち込まないのは当たり前。

疑わしきは病院内に入るな!

面会は家族のみ!なんてのは、できるだけ接触する人を少なくしたいという院側の考えだ。


ただね…

せっかく、おじいちゃんに会いに行ったのに、顔を見せることさえ出来なかった2号が、かわいそうで…

「おじいちゃん、元気そうやったよ。」

「会えるようになったら、また来ようね。」

孫っち2号には、そう言い聞かせた。



3週間以上、父の面会に行かれなかったので、病状が心配だったのだけれど、

父の容態は安定していて、顔色も良かった。




明日は雨の予報が出ている。

まとまった雨が降れば、インフルエンザも少しは下火になるかもしれないな…




まだまだインフルエンザ大流行中!

皆様も、お気をつけくださいませ。





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「ありがとう。また来いよ。」




今日は、日曜日。

息子から電話があり、父のお見舞いに一緒に行きたいとのこと。


カンナちゃんが生まれて約2ヶ月。

父にカンナちゃんを見せたいという。

父には生まれたことを報告したけれど、覚えているのだろうか?


病院に着くと、父は一人部屋から4人部屋へと移動していた。

部屋は留守になっていて、父はナースステーションにいるようだった。

看護師さんに声をかけると、父を談話室へと連れてきてくれた。


車椅子に座ってる!!Σ(゚艸゚〃)

再入院してから、父のベッドに横たわった姿しか見ていなかったので驚いた。

快復に向かっているのだろうか?

「もって3ヶ月」

先生は、そう言った。

なにかの間違いではなかろうか?

父のお見舞いに行くたびに、少しずつだけれど良くなっているような気がする。


「カンナちゃんだよ~!」

父のそばに、カンナちゃんを連れて行く。

カンナちゃんの顔に近づき、うすらぼんやりとしか見えない目で、

生まれたばかりのひ孫の顔を一生懸命覗き込む父。

口元は、かすかに微笑んでいる。


父の胸にカンナちゃんを近づけると、不自由ながらも、しっかりと支える父の手。

思わず泣きそうになった。


父とは会話できない。

話すことができなくなっているようだ。

言っていることは、分かるようで問いかけに頷いたりできる。


自分の気持ちを伝えることが出来ないのは辛いね。

思っていることを言葉に出来ないのは悲しいね。

父は、きっとカンナちゃんに「かわいいねぇ~」と言いたかったはずだ。




「また来るね。」

ひ孫たちに代わる代わる手を握られ嬉しそうにしていた父。

看護師さんに「ひ孫さんね?かわいいねぇ~」と言われ頷いていた父。


まだ喋れる頃、帰り際には「ありがとう。」と言っていた父だけど、今日は右手を上げた。


「また来るからね。」

「ありがとう。また来いよ。」


言葉にはならないけれど、ちゃんと伝わったよ。








 

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命の選択




父が、昨日ホームで、痙攣を起こして救急車で病院に運ばれた。

兄の話では、しばらく入院するけれど、すぐすぐ命の危険は無いとのこと。

仕事から帰宅し、居間のテーブルの上の娘からの置き手紙で、そのことを知った。


兄からの連絡は、すべて娘に行く。

父の事は、娘から私に伝えられる。

兄は、娘とは普通に話ができるようだ。

娘には申し訳ないけれど、私もそのほうがいい。



父の入院は今年4月の腸閉塞から始まった。

救急車で病院に運ばれ、緊急手術。

その手術の際、大腸がんが発見された。

腸閉塞の手術から10日後、大腸がんの手術。

無事ホッとしたのも束の間・・・

7月に脳腫瘍が見つかり、再び入院し腫瘍摘出の手術。

手術は無事成功し、退院、今に至るのですが―――


私は、その時、このブログに書かなかったことがあります。


父の命の選択をしなければならなかったことを…







脳腫瘍は、大腸がんの転移の可能性だということ。

それから、肝臓にもガンがあること・・・


脳腫瘍の手術のあと、主治医の先生に手術後の説明を受けたあと、そのことを知りました。

兄は、すでにそのことを先生から聞いていたらしく、私の頭は真っ白に…


肝臓がんの手術は、しようと思えば出来る。

けれど、4月に大きな手術を2回、7月に脳腫瘍という大手術をしているのに、さらにまた、

肝臓がんの手術・・・

たった4ヶ月の間に、3度の大手術をしているのに、4度目の手術をしなければならない…


兄は、また父に痛く辛い思いをさせたくないと、手術を断ったようだ。

そのことを私に直接電話してきた。

「おまえが、手術してくれと頼むなら、してもいいんやぞ。」

「でもたった4ヶ月の間に、大きな手術を3回もしたのに、また手術させるのは、かわいそうや。」

私も、兄の思いは分かる。

父が、まだ70代であったのなら、手術をお願いしたと思う。

けれど、短期間の間に4回目の手術をお願いするには、父は高齢すぎる。


父の命の選択を兄と私が、しなければならなかった。

「手術しなくていい…」

兄の電話に、そう答えた。



「あとは、”見守り” という形になるんやと。」

兄は、父が退院してホームに入所する前に、そう言った。



高齢になると、がんの進行は遅くなると思っていた。

いや… 無理やりそう思い込もうとしていた。

ガンを告知されても何年も生き延びた患者さんもいる。

父も、きっとそうだと思いたかった。



昨日、父が痙攣を起こしたのは、脳腫瘍が原因とのこと。

脳腫瘍が2箇所。

肝臓がんの方は、肝臓の40パーセントが、がんに侵されているそうだ。

先生が言われるには、もって3ヶ月。



このことは兄が娘に伝えたこと。

兄は、直接私に言うことが辛かったのかもしれない。

そう思いたい。



4日前…

11日、日曜日に孫っちを連れてホームに面会に行った。

ベッドに座り、孫っちの手を代わる代わる握り微笑んでいた父。

今日、病院で見た父に、その面影はなかった。





命には限りがある。

不老不死の人間はいない。

誰でも公平に死は必ず訪れる。


50も過ぎれば、両親が、そういう歳になるのは仕方ないこと。

順番なのだ。

私も我が子が50も過ぎれば、そういう歳になる。

それは、ごくごく自然なこと。



それでも、私は思うのだ。

選択を間違ったのだろうか?

あの時、肝臓がんの手術をお願いしていれば、父の寿命は伸びたかもしれない。


手術を断ったのは、間違っていたのだろうか?

間違った選択をしてしまったから、こんなふうになってしまったのだろうか…

私は、取り返しのつかない事をしてしまったような気がしてならない。



まだ私に出来ることがありますか?

父のために、何かしてあげられることがありますか?

神にすがりたい気持ちで、いっぱいになる。




娘がポツリと呟いた。

「来年、生まれて見せてあげられたらいいけど…」


来春、父にとって6人目のひ孫が生まれる。

頑張って生きて!

少しでも長く。

ガンバレ、とうさん!!








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