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咲希のひとり言

ありふれた日常、思ったこと、考えたことを毎日書いていけたらなぁ…
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命の選択




父が、昨日ホームで、痙攣を起こして救急車で病院に運ばれた。

兄の話では、しばらく入院するけれど、すぐすぐ命の危険は無いとのこと。

仕事から帰宅し、居間のテーブルの上の娘からの置き手紙で、そのことを知った。


兄からの連絡は、すべて娘に行く。

父の事は、娘から私に伝えられる。

兄は、娘とは普通に話ができるようだ。

娘には申し訳ないけれど、私もそのほうがいい。



父の入院は今年4月の腸閉塞から始まった。

救急車で病院に運ばれ、緊急手術。

その手術の際、大腸がんが発見された。

腸閉塞の手術から10日後、大腸がんの手術。

無事ホッとしたのも束の間・・・

7月に脳腫瘍が見つかり、再び入院し腫瘍摘出の手術。

手術は無事成功し、退院、今に至るのですが―――


私は、その時、このブログに書かなかったことがあります。


父の命の選択をしなければならなかったことを…







脳腫瘍は、大腸がんの転移の可能性だということ。

それから、肝臓にもガンがあること・・・


脳腫瘍の手術のあと、主治医の先生に手術後の説明を受けたあと、そのことを知りました。

兄は、すでにそのことを先生から聞いていたらしく、私の頭は真っ白に…


肝臓がんの手術は、しようと思えば出来る。

けれど、4月に大きな手術を2回、7月に脳腫瘍という大手術をしているのに、さらにまた、

肝臓がんの手術・・・

たった4ヶ月の間に、3度の大手術をしているのに、4度目の手術をしなければならない…


兄は、また父に痛く辛い思いをさせたくないと、手術を断ったようだ。

そのことを私に直接電話してきた。

「おまえが、手術してくれと頼むなら、してもいいんやぞ。」

「でもたった4ヶ月の間に、大きな手術を3回もしたのに、また手術させるのは、かわいそうや。」

私も、兄の思いは分かる。

父が、まだ70代であったのなら、手術をお願いしたと思う。

けれど、短期間の間に4回目の手術をお願いするには、父は高齢すぎる。


父の命の選択を兄と私が、しなければならなかった。

「手術しなくていい…」

兄の電話に、そう答えた。



「あとは、”見守り” という形になるんやと。」

兄は、父が退院してホームに入所する前に、そう言った。



高齢になると、がんの進行は遅くなると思っていた。

いや… 無理やりそう思い込もうとしていた。

ガンを告知されても何年も生き延びた患者さんもいる。

父も、きっとそうだと思いたかった。



昨日、父が痙攣を起こしたのは、脳腫瘍が原因とのこと。

脳腫瘍が2箇所。

肝臓がんの方は、肝臓の40パーセントが、がんに侵されているそうだ。

先生が言われるには、もって3ヶ月。



このことは兄が娘に伝えたこと。

兄は、直接私に言うことが辛かったのかもしれない。

そう思いたい。



4日前…

11日、日曜日に孫っちを連れてホームに面会に行った。

ベッドに座り、孫っちの手を代わる代わる握り微笑んでいた父。

今日、病院で見た父に、その面影はなかった。





命には限りがある。

不老不死の人間はいない。

誰でも公平に死は必ず訪れる。


50も過ぎれば、両親が、そういう歳になるのは仕方ないこと。

順番なのだ。

私も我が子が50も過ぎれば、そういう歳になる。

それは、ごくごく自然なこと。



それでも、私は思うのだ。

選択を間違ったのだろうか?

あの時、肝臓がんの手術をお願いしていれば、父の寿命は伸びたかもしれない。


手術を断ったのは、間違っていたのだろうか?

間違った選択をしてしまったから、こんなふうになってしまったのだろうか…

私は、取り返しのつかない事をしてしまったような気がしてならない。



まだ私に出来ることがありますか?

父のために、何かしてあげられることがありますか?

神にすがりたい気持ちで、いっぱいになる。




娘がポツリと呟いた。

「来年、生まれて見せてあげられたらいいけど…」


来春、父にとって6人目のひ孫が生まれる。

頑張って生きて!

少しでも長く。

ガンバレ、とうさん!!








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6 Comments

ぴぃまま says...""
この記事に何てコメントすれば良いのか悩みました
コメントしない方が良いのかもしれないかもしれませんが…

父に胃がんが見つかった時 余命も週単位と言われ
何故か根拠のない「大丈夫」を頭の中で繰り返してた記憶があります
末期といえど何か方法があるはず 完治はなくとも自分がこちらに戻ってくるまでは生きていてくれる

そんな願望にも似た「大丈夫」があったんだと思います

地元から遠く離れた土地に住み 結局お見舞いも一度しか行けませんでした
最後の時を母と姉は見守って見送ってくれました
自分は子供の学校や仕事でそばにいられなかった

離婚してすぐこちらに戻っていれば
仕事をもっと休んで病院に行っていれば
自分も経験者なんだからもっと父の様子を気を付けていれば早く発見できたんじゃないか

ありとあらゆる後悔がグルグルと廻りました

出来れば 少しでも後悔がないように たくさんお父様と会ってください
お話をして下さい
お父様の笑顔を増やしてあげて下さい

お辛いかと思います
無理なさらずにコメ返も不要です
その時間をお父様に使ってあげてください

2018.11.16 00:08 | URL | #- [edit]
森の端材工房 says...""
こんにちは。
記事を読ませて頂いて、母と共に歩んだ8年間の闘病生活の事を思いだしました。
病院の先生は、節目、節目で治療方法の選択肢や情報をくれますが、どれを選ぶかは本人や家族に委ねられました。
その都度、悩みに悩んで家族と相談しながら、一つ一つ決めてきました。
やっとの思いで決断した後、今度は本当にこれでよかったのか、あの時こうしていれば、結果はよかったかもしれない・・・という自問自答を繰り返してまた悩みました。

その時、先生は「何を選択されても正解です。」と言われた。
「何それ、アドバイスになってないじゃないか」と思いましたが、今となっては、その意味が分かる気がします。
未来の結果はどうなるか誰にも分からない。なので、結果がどう出ようと、その時悩んで決断したことが一番ベストな方法なのです。
肝臓の手術をしていたら、進行が遅れていたかもしれない。でも、咲希さんやお兄さんが言われる様に、ご高齢で短期間で大きな手術を4回もすることは身体の負担も相当なもので、逆に命を縮めていた可能性もあるのですから。
決断されたことが、ベストな選択だったと私は思います。

誰でも、遅かれ、早かれ、いずれお別れしないといけない日がやってきます。
なので、今、寄り添ってあげることができるこの時間を大切にしてあげることが、今できる一番なことかもしれませんね。
その当時の看護婦さんは、「返答できない状態になっても、こっちが言うことはちゃんと聞けていると言われています」と仰っていました。
たくさん、話しかけてあげて下さいね。


2018.11.16 01:36 | URL | #qbIq4rIg [edit]
のんびりあーちゃん says...""
今日は重いお話でしたね。命には限りがあります。
人間とて同じことです。周りは何を選択しても後悔が残ります。
まずは お父様第一に考えて上げるのが良いのではと思います。
私たちの年齢になれば自然の経過をたどるのが一番ではないかと思いますよ。
脳腫瘍ではこれから痛みなども出てくるかもしれません。今の医学は
痛みの管理は万全と言いますし 孫っち君たちの笑顔をたくさん見せて上げるのが一番の薬になると思います。これは自然の成り行きと思い 咲希さんもあまり落ち込まないで下さい。どんなに手を尽くしても残された者は後悔するものです。  周りの者の後悔が少しでも少なくなればと
私は「リビング・ウイル」尊厳死の宣言書を持っています。
元気出して下さいね。
2018.11.16 06:59 | URL | #- [edit]
咲希 says..."ぴぃままさん"
ぴぃままさん、こんばんは。

今回、父の事を記事にしようか、するまいか悩んだのですが、このブログの第一の目的は、自分に起こったことの記録。
自伝(?)でもあるし、私が逝ったあと、子供や孫たちに読んでもらうための遺書のようなものでもあります。
なので、記録として記事に残すことにしました。

ぴぃままさんにも、お辛い過去があったんですね。
何も知らないだけで、私と同じように辛い思いをしている人が、たくさんいるのだと感じました。

多くを語らず、微笑んでいる人にも、悲しみを乗り越えての今がある…
私もそう有りたいと思います。

まだまだ乗り越えていかなければならない壁は、たくさんあると思います。
父にとって、良いと思われる道を模索しながら乗り越えていこうと思います。

悔いの残らないように。
いつまでも泣いてばかりはいられませんからね!(*^_^*)

コメントどうもありがとうございました。m(_ _)m
 
2018.11.16 23:32 | URL | #- [edit]
咲希 says..."森の端材工房さん"
森の端材工房さん、こんばんは。

父の事を記事にするか迷いました。
ブログは記録。
自分のため、子供や孫のために記事として残すことにしました。

森の端材工房さんにも、お母様の治療のことで、様々な選択を経験されてきたんですね。
それも8年間という長い闘病の中で…
さぞ辛く大変な日々を送られてきたのでしょうね。

父に対しての選択は、私が生きている限り自問自答しつつ答えを見つけられないままなのだろうと思います。
今私にできることは父を一番良い状態で見送ること。
悔いの残らないように最善を尽くしたいと思います。

コメントどうもありがとうございました。m(_ _)m
 
2018.11.17 00:14 | URL | #- [edit]
咲希 says..."のんびりあーちゃんさん"
のんびりあーちゃんさん、こんばんは。

私だけが、辛く悲しい経験をしているわけじゃない…
生きて行く中で、死は避けて通れないもの。
今は私が。
次は娘と息子、そして孫たちが、私と同じような道をたどるのでしょうね。

まだ先に、父の選択をしなければならないことが起こるかもしれません。
父にとって、何が一番良いのか見極めながら、最善を尽くしたいと思います。
悔いの残らないように…

「リビング・ウイル」
先日、この内容のドラマをNHKのBSで放送しているのを見ました。
個人の意思を尊重するものとして、良いシステムだと感じました。
残されたものにとっては、苦渋の決断を強いられると思いますが、やはり本人の希望を叶えることが最後の贈り物になるのかもしれませんね。

コメントどうもありがとうございました。m(_ _)m
 
2018.11.17 00:30 | URL | #- [edit]

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